
11月18日日曜日、河口湖に車で訪れ、その日の夜は山中湖で一泊しました。宿は山中湖村役場近くの
「岩魚茶屋」。車道から家一軒ほどおくまったところにある、全11室のかわいらしい和風宿です。
立地が湖水から距離があり、背の高い建物ではないので、眺望はあまり期待できませんが、露天風呂から夜空に輝く無数の星影を望むことができます。
お風呂は内湯2つ、露天2つの計4つで全て貸切です。ありがちな、予約や有料といったわずらわしいこともありません。1階のフロアにかかっている入浴中の札をお風呂入り口にかけておくというスタイルで、早い者勝ちです。全部で11室という規模の小ささのおかげで問題ないのでしょう。
普段は露天風呂は夜の10時までということですが、混んでいる日は11時ごろまで延長してくれます。内湯は24時間です。申し遅れましたが、お湯は天然温泉です。名称その他は以下のとおり。
名称 山中湖平野温泉
泉質 弱アルカリ単純泉
効能 肩凝り、神経痛、疲労回復
夕食は部屋食べれますし、従業員の方も親切丁寧。お値段も1万500円からで手ごろだと思います。お昼にほうとう食べて、夕食にまたほうとうが出てきたときは、ちょっとしんどかったですけど…。
翌日19日の朝方は気温が氷点下まで冷え込み、ブルブル肩が震えるような寒さでしたが、空は青空に恵まれました。午前中は写真の
忍野八海に。山中湖から車で10分ほどで着きます。
前回のエントリーには、800年の富士山噴火で巨大な湖「宇津湖」が「山中湖」と「忍野八海」にわかれたと書きましたが、厳密には噴火で「山中湖」と「忍野湖」に分かれた後、忍野湖は枯れてしまい、あとに残った湧水口が池となり忍野八海と呼ばれるようになりました。小さな湧水池が8つ、集中しています。
富士山の雪解け水が約80年もの長い歳月ろ過され、忍野の地にわきだしています。「全国名水百選に選定されています。また、新富岳百景選定地でもあり、国の天然記念物にも指定されています」(
忍野村観光HPより)

かわいい甲斐犬もいます。
観光客向けの食事処や土産物屋も多いのですが、一番目立つ場所にある水深10メートルの池を覗くには、お店の中を通っていかなければなりません。なんか変だなぁ〜と違和感を覚え、ウィキペディアで調べてみたところ、なんと人工池であって忍野八海ではないとのこと…。
もっとも多くの人が熱心に覗き込んで、「すごい」「きれい」「さすが忍野八海」と賞賛していたあの池は本当は人口池で忍野八海ではないとは…。全く滑稽だなぁ〜(自分も含めて)。
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一週間前になってしまいましたが、11月18、19日富士山の足元、河口湖、山中湖に1泊2日で遊びに行ってきました。夏の時期の気温が高かったためかまだ紅葉もきれいに残り十分楽しめましたが、さずがに11月の下旬、19日の最低気温は山中湖で氷点下7℃…。今シーズンでもっとも寒い日になりました。18日の昼間は予想外に暖かく、コートを着てると汗ばむくらいでした。
写真は富岳風穴、鳴沢氷穴近く、足和田山の尾根にある紅葉台で撮ったものです。標高1,165mの紅葉台展望台(有料)からは北に西湖、南に富士山、東には鬱蒼と広がる青木ヶ原樹海とその奥に精進湖を見晴るかすことができる。鮮やかにもゆる紅葉を楽しみにこの日も多くの観光客が足を運んでいました。
オフシーズンであれば、上の展望台まで車であがっていくことができるのですが、混み合っていたので下から歩いて登ることに。これが意外と距離と勾配がきつく、最後の展望台につづく階段の傾斜は何かにつかまっていないと登れないほどです。しかし、その苦労の甲斐もあってか、展望台からの眺めは爽快そのもの。天気も快晴で、清々しかったです。
展望台はちょうど樹海の東端に位置し、4.6キロ四方に及ぶ樹海の全貌を一望することができます。富士山を囲むように位置する五つの湖(河口湖、山中湖、西湖、精進湖、本栖湖)と樹海は、富士山の噴火によって生み出されました。展望台でもらえる説明によると…。
昔は、「せの海」、「河口の海」(現在の河口湖)、「宇津湖」と呼ばれる湖があり、800年富士山の噴火で「せの海」が「本栖湖」と「せの海」にわかれ、「宇津湖」は「山中湖」と「忍野八海」にわかれました。
その後、864年の長尾山噴火により「せの海」が「精進湖」と「西湖」に分断され、青木ヶ原樹海が生まれました。今でも、本栖湖、精進湖、西湖の三つの湖は樹海の下でつながっており、三湖も水面は同じように上下しているということです。
樹木が大海のように隙間なく広がり、波間に浮かぶ小島のような山々が打ち寄せる緑と紅葉の波を受け止めています。幾度となく見たはずの富士の姿をまた改めて仰ぎ見ながら、自然が描き出すダイナミックなデザインに凡人はただただ呻るのみです。しかし、「樹の海」とはよくいったものだなぁ〜と変に感心してしまいました。
付近では乗馬体験ができるらしく、10頭ほどの馬の列に遭遇しました。さすがの馬も急斜面は苦手のようで、立ち往生する馬たちを待ちながらののんびりした帰り道でした。
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もう10日も前のことですが、11月5日に2008年毎日新聞社入社の内定式がありました。東京・竹橋にある毎日新聞東京本社のホールに東京本社、北海道支社管内在住の内定者、約40名が集合、同期としての交流をはかり、来春からスタートする記者生活に向け新たに身を引き締める機会となりました。
内定式はまず三島常務を筆頭に、「パキスタン地震」一連の写真報道で2006年度新聞協会賞を受賞した佐藤賢二郎記者とニュース検定をプロデュースしている新規事業開発室の出川さんの講演があり、三島常務と佐藤記者の講演の間に、内定者40名ほどが一人一人自己紹介するという運びでした。15時にスタートし、終わったのが17時半前ごろ。
三島常務のナベツネ批判(ちょうど福田・小沢の2回目の会談後、小沢が代表辞任を発表していた)も面白かったですが、佐藤記者の講演に真剣に耳を傾ける内定者は私を含めて多かったのではないかと思います。
佐藤記者の講演の大きなテーマは2つあり、1つ目はパキスタンの写真を引きあいに出し、初心を忘れるなということ。二つ目は、毎日は記者個人の感性を認めてくれる新聞だ、ということです。
「災害を伝える新聞写真にはひとつのパターンが確かにあり、それを早く覚えることは必要だが、それに慣れきってしまいたくない、なんとかパターンから切り離したいという思いで撮った写真がパキスタンの写真」だったということです。慣れることに埋没せず、何もしらないことを武器に新人時代を楽しんでほしい、これが一つ目の趣旨です。続いて「『毎日人』という言い方を聞いたことがない」とおっしゃられました。つまり毎日新聞記者はかくあるべきというような束縛は緩いということです。ある一定以上の質の記事であれば、記者個人の感性を尊重し対応してくれる、そこが毎日のいいところだし、私たちには独自の視点と思想をもって取材してほしいとアドバイスをしていただきました。
出川さんのお話の中ではニュース検定を始めた経緯が少し紹介されました。私は以前のエントリーでニュース検定の陰口を書いたのですが、出川さんの講演を聞いて、少し納得がいきました。
「新聞というものを世の中を知るための教科書と位置づけ、教科書なのだから参考書も必要だし、たまにはテストもやるのがいいだろう」「また若者に社会的な関心をもってもらうための一つのきっかけ」という考えのもとニュース検定をスタートしたということです。9月にあった第一回検定では予想に反し、10代20代が大部分を占め、男女の割合もほぼ半数だったそうで、当初の目的に適う結果を出すことができ、漢字検定のような存在を目指していきたいということでした。
三島常務は、バイト先のニュースサイトの社長と大学時代の友人で、最終面接でもそのことが話題になって助けられたところがありました。また、一緒にバイトしている女の子の彼氏が同期、と世の中の狭さを感じます。
しかし、本当は「世の中」は広いのだと思います。狭いのは「世間」で新聞社という組織の人材は今も昔もある程度限定された、同質的な社会的テリトリーから供給され続けているということを端的に示しているだけと思います。そんな近親相姦的な空間の中で醸成される意識は健全ではないでしょう。こういうことも近時の「傲慢なマスコミ」観に基づくマスメディア嫌いの原因ではないかと思います。
ただ、悲しいかな、これは自分のことを棚にあげたものの言い方で、全くの自己矛盾です。東京の人が地方と都市の格差問題で格差を減らせと主張するときに、または被差別側ではない人が被差別側の立場に立って差別解消を唱えるときに陥る、何を主張しようと結局は有利な立場にいるという究極的には越えられない矛盾の谷間です。
その深い谷間を前にして、どうすべきなのでしょうか。評論家小浜逸郎さんは著書『「弱者」とはだれか』のなかでこう述べています。「いわゆる『弱者』や『被差別者』の声をそれとしてよく聞きながら、しかし、それに脅かされず、逃げずにきちんと議論していくということに尽きると言ってよい…(中略)…つまり、自分がなぜそのこと(いわゆる「弱者」と呼ばれる人を前にしたときの違和感など)を気にするのか、自分がそのことを問題にしようとする必然性はどこにあるかということを、自らの経験と感覚のなかに問い尋ねてみる」しかない、と。
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新聞社は基本的に、面接官が最低2人からの個人面接が主流だと思います。回を追うごとに面接官の人数は増え、年齢が上がります。面接の回数は少なくとも3回以上あります(全国紙)。2、3回目から社によってはディスカッションを取り入れたり、模擬取材を行わせたり、1泊2日で支局体験させるところがあります。
それぞれ受けるところはどうなっているか調べ、準備をすることが大切だと思います。準備といってもこのような形式の試験になると一朝一夕にはいきませんし、第一そこまで進むのに結構大変だったりするので、まず筆記試験や一次面接を通ることに全力を向けるべきだと思いますが…。
最初の面接はデスク、次は部長レベル、最後は役員レベルといったところでしょうか。とにかく緊張します。にこやかでリラックスさせようと努めてくれる人だといいのですが…。年齢があがるにつれてしかめっ面が多くなるような気がしないでもないです(個人的な感想です)。
控え室の雰囲気が一層緊張させます。自分の人生の比較的大きな部分を左右する審判をライバルに囲まれ静かに待つ。ある人は新聞に細かく目を通し、ある人はせわしなくペットボトルを口に運びます。毎日新聞の一次面接の控え室で私の正面に座った男性は、メモを何回もかばんの中から取り出しては、口ずさんでいました。面接の答えを反芻していたのでしょう。体格のいいスポーツマンタイプの人だったのですが、一番ドキドキしているようでした。
別の面接の控え室では、日に焼けた少し軟派な雰囲気の男性が脚を組んで待っていました。悪態とまではいかないものの、まるで喫茶店か家にでもいるような様子。にもかかわらず係りの女性が彼の名前を読み上げるやいなや、挨拶だけなら合格というような立派な返事で颯爽と面接室に入っていきました。面接官への挨拶や退室する際も文句ない返事と背筋のピンっと伸びた見事なお辞儀を披露していました。残念ながら以上の御2人とはそれから会うことができませんでした。蹴ったのかもしれませんが。
私は控え室ではいつも周囲の人たちを観察してました。余裕があるわけでは全くないですが、さりとて今さら頭を巡らしても結果に大きな違いがでるとは思わないからです。本番では用意した答えとまったく違うこと、普段思っていることと真逆のことを話してしまうことはよくあることだと思います。むしろ、暗記したことをスラスラ話しても「話を聞くことのプロ」である記者が面接官なのですから、見破られるのがオチです。
志望動機などの重要な質問に対する答えだけ自分の主張のコアを掴んでおいて、それをその場の言葉で表現するという風にすべきだと思います。あとは何を聞かれるか分からないですし、質問を過剰に予想し不安がるのではなく、日ごろからニュースに接し、受験先の会社や業界について研究し、自己分析を進めることが面接にパスする近道だと思います。
面接室内だけでなく控え室から失礼のないようにし、最低でも相手に不快感を与えないようにすることはいわずもがなです。控え室まで見ない、と採用側は言うかもしれませんが、ホントのとこはどうだか分からない、くらいの用心をもって臨むべきだと思います。
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昨日、六本木で「
ALWAYS続・三丁目の夕日」を鑑賞しました。平日ともあって、夜6時からの上映は4割程の客の入り。中段のちょうどいい席で楽しめました。
高度経済成長に足を踏み入れる昭和30年代を舞台に、堤真一の鈴木オートと吉岡秀隆の茶川家が織りなす、ハンカチ必携ハートフルストーリー、ということはよく知られています。一緒に観に行った彼女もハンカチ携帯済みでした。
実際は、私も彼女も大泣きするような事態になりませんでしたが、ぐっとくる場面はところどころありました。周りの席から涙ぐむ音も。特に、直後の席の女性は、目のまわり真っ赤でしたね。
「フラガール」もそうでしたが、ベタまっしぐらな映画です。そういうのが流行ってますし。ゲームも技巧を凝らした複雑なものよりも、ニンテンドーDSを代表するようにシンプルなものが売れてますし。
「誰もが涙する」=「ベタ」と私は考えていますし、世の中の評価も同様だと思います。
井筒監督が「フラガール」を涙ながらに観て、最後に「ベタでええやん!!」って言ったのテレビで見ましたけど、その通りですね。ベタって多くの人のツボで、多くの人は幾度となく繰り返されるあるパターンを、繰り返されていると承知の上でそれを欲し、泣き、怒り、笑い消費していくんだろうと思います。
落語だって古典は明治以前からず〜っと繰り返し演じられているわけですし、48作を数える「男はつらいよ」もどれもきまって「寅さんがマドンナに恋をして、必ずふられる」というストーリです。予想できるけど、飽きずにむしろあるパターンが繰り返されることを期待している。予定調和を楽しんでる。人間ってホントは変革や予想を裏切られるのを嫌うんですよね。←こんな考えがまさにベタですね…。
もう一つ思ったのは、年配のサラリーマンが同僚ともしくは一人で会社帰りに観にきていたことです。映画の中の昭和30年代を再現した映像はさすがにノスタルジーを掻き立てます。昭和58年生まれの私でさえなんとなく懐かしさを感じるんですから、子供時代をすごした彼らはひとしおでしょう。「続」では東京タワーが完成していました。
ただ、私を感傷的にしたのは、記憶からくるノスタルジーではなく、一種の憧れの気持ちです。
「人間」という言葉には「間」が入っています。「間(あいだ)」が生まれるにはなんであろうと複数ある必要があります。私の勝手な解釈ですが、「人間」という言葉は、自分自身と「間」をつくりえる他者の存在を暗示しているんじゃないか、その他者との関係性の中で自身の存在を芽吹かせ、確認し、解釈しつづけることがまさに人間なんだということを含んでいるんじゃないかと思います。
扉を開けっ放しにしたままで、顔を合わす誰もが知り合い。貧しいながら、寄り添い助け合って暮らしてる三丁目に人々の姿に「人間」の暮らしの理想をみて、アパートの隣人の顔も名前も思い出せない私は激しく憧憬するのでした。
もたいまさこ演じるタバコ屋のおばちゃんが抜群です。
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