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趣味の写真やサッカー、日々のニュースについて思ったことを綴っていこうと思います。来年早々からマスコミ関連で働く予定。奴隷のように働くみたいだけど、そこでの裏話もあれば書こうかと。そんな暇ない!?

国庫補助負担金問題 〜『いま、なぜ地方分権なのか』(下)〜

 『いま、なぜ地方分権なのか』の中で、2007年4月にスタートした地方分権改革推進委員会の課題として、法令等の縛りを緩和することと、国庫補助負担金の問題が挙がられている。国の法令等による非効率、不合理な縛りについては「『いま、なぜ地方分権なのか』(上)」で紹介したので、今回は国庫補助負担金の問題点について、本に書いてあったことを要約してみる。

 国庫補助負担金とは、特定の業務等の使い道を指定して国から地方へ交付される資金のことである。


国家補助負担金の弊害

 もし自治体が自由に使えるお金が1億円あったとしたら、たいてい1億の事業を全部自前でやるのではなく、たくさんある補助金つき事業メニューの中から選ぶ。たとえば、経費が1億だとしたら、半分の5000万は国が持つ。そのまた半分の2500万は都道府県が持つ。そうなれば自己負担分は2500万で済む。要するに1億円の事業が2500万円でできる。自己の予算が1億円あれば4億円の事業ができる計算になるのだ。

 この方が首長としての手腕も評価され、議会も単独事業で1億使うより、4億分の事業ができるほうがお得だといって選びます。また自治体職員も面倒な単独事業をするより、査定がすんなり通り仕事が楽な補助事業を選ぶのです。

 しかし、お金をもらうと途端に縛られる。補助金・負担金についてくる補助要綱や補助要領によって、こういうふうにしろという条件が事細かに定められている。だから、地域の実情に合わない、ニーズを満たさない事業が繰り返されていく。4億円分の事業はできるかもしれないけれど、いつまでたっても住民の本当の要望は解決することはできない。これでは本来の地方自治など望むべくもない。


国庫補助負担金は廃止すべき

 国の負担分5割を4割、3割と削減しても、結局地方自治体の負担分が増えるだけで全く意味がない。国の財政再建には役立つが、地方自治体も含めたらなんの財政改革にもならない。自己負担が増えるから、自治体は他の事業を縮小しなければならない可能性がでてくる。根本的解決をはかるには廃止するしかない。問題なのは、金額ではなく補助事業なのである。


三位一体改革第2弾は消費税率引き上げまで先送り?

 結局、三位一体改革では国庫補助負担金4兆円は廃止でなく削減となった。代わりに3兆円の税源移譲が行われ、国税である所得税が減らされ地方税である個人住民税が引き上げられた。この後さらに国庫補助負担金削減、税源移譲となった場合、消費税が狙われる可能性が高い。

 現状の消費税5%の内訳は国税である消費税が4%、地方消費税1%となっている。この1%の数字を増やすことで税源移譲を果たそうというわけである。しかし、財務省は国の取り分を減らすのは嫌だから、やるのなら、消費税率を上げる。よってその時まで三位一体改革第2弾は先延ばしにされるおそれがある。


 現在は、2009年に3分の1から2分の1に上げられる基礎年金の国庫負担の財源確保という文脈で消費税率引き上げ論議が盛んだが、地方への税源移譲という問題でも消費税は狙われている。「消費税は一番身近な税金の一つだから引き上げはすごい嫌だけど、もうそんなこといってられないんだろうな」と、世の中がいつのまにかそんな雰囲気になっていきそうです。

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なくならない無駄な法令 〜『いま、なぜ地方分権なのか』(上)〜

 『いま、なぜ地方分権なのか』という本を読んでいます。元東大教授で(財)東京市政調査会理事長の西尾勝氏と千葉大教授の新藤宗幸氏との対談本で、現在進行中の地方分権化の動きや課題が読みやすくまとめられています。

 この本の第一章の中の「法令に縛られる地方の現実」はなかなか興味深い…というか日本の不合理な中央集権的行政にあきれてしまう内容です。大雑把に言うと、国は現場の実情を無視した全国一律の規定を杓子定規にあてはめ、大きな無駄を生み出しているということです。

 具体例として、保育所の調理室の例が挙げられています。保育所施設をつくる時、調理師をおくこと、調理室をつくることが決められていましたが、その後調理師を置かなくていい、さらに外注してもいいように緩和されました。

 しかし、調理室の必置規定はあいもかわらず残ったままです。厚労省は、業者に頼んでもいいが施設内の調理室を使わなければ認めないというのです。そして、この規定の適用を免除してほしいという要望が、構造改革特区として申請されているというのです。なんとも情けない話だと感じました。

 他にも「『天井高3.0メートル』の基準に泣く」という話があります。学校の天井の高さは床から3メートルという大昔につくった基準がありました。埼玉県の草加市は財政難のため、天井高を2.7メートルに低くして1校あたりの改築費を2000〜3000万円安く抑えようとしました。

 が、案の定というか、文科省は「全国的にわたって決めているナショナル・ミニマム(厳格に順守すべき最低の基準)」だからといって応じようとしません。草加市は、外国や塾、予備校のケースを調査し、生徒へのアンケートも行って再度申請しましたが、それでも文科省は許可しなかったということです。

 多くの自治体が厳しい財政状況にあり、生き残りのためにできるだけ無駄を減らすことが求められています。また、ライフスタイルの変化に伴って、行政サービスの多様化・拡充も求められています。そのような難しい状況において、市民に一番身近である地方自治体がフレキシブルに対応するには、権限と財源の移譲を進めることで地域の実情にあった行政を進める必要があると思います。

 なんでもかんでも地方に任せればいいとは思いません。先日、神奈川のスーパーで、男児が首をエスカレーターと保護板の間に挟まれ重体になる事故がありました。保護板の設置と長さは建築基準法で定められていましたが、長さが不足しおり、そのことが死亡につながった可能性が指摘されています。保護板の規定は、99年にエスカレーターと壁に挟まれ重体、死亡する事故が相次いで発生したことを受けて設けられた経緯があります。生命身体の安全にかかわる規定は、国の法令により明確に規定する必要があるでしょう。

 それにしても、実情を無視したくだらない法令は相変わらず自治体の柔軟性を束縛する一方、厳格に遵守すべき生命身体保護の法令は軽視され、痛ましい事故が起きてしまうというのは、なんとも悲しい皮肉です。
いま、なぜ地方分権なのか いま、なぜ地方分権なのか
西尾 勝/新藤 宗幸 (2007/06/12)
実務教育出版

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