↓↓↓ナイナイの岡村さん、かなり悩まれてるようです。↓↓↓
ゴミ箱呼ばわりされる結婚ってなんなんでしょう。
現在は恋愛結婚が主流で、好きな人を見つけ交際し、そしてこの人とこれからもずっと一緒に生きていきたいという思いの結晶として結婚というものが意識されていると思います(少なくとも若い世代では)。しかし、少し時代を遡るとお見合い結婚が多かったです。恋愛結婚が珍しい時代がありました。当時は親や顔が広い人がいい相手を探し出してきて、くっつけるという具合です。そこには当事者の意思よりも、親世代の、要するにその当時の社会における実力者世代の都合によって経済的社会的安定が優先されていたといえるかもしれません。
近代以前では、一夫一婦制でもありません。正室に子ができなければ、容赦なく側室をめとります。家の存続のために子供を産むという一つの重要な使命が第一に考えられていました。今のように情念的な意味合いではなく、男女間で結ばれる一種の契約という色彩が濃い気がします。
こう考えてみると源氏物語を代表とする平安時代は、よりロマンチックな世界だったのかもしれません。まず高貴な女性は顔を親兄弟以外の男性に見せてはいけません。まさに深窓の姫です。ではどうやって男性と交際するかというと、和歌のやりとりです。ラブレターで恋焦がれる思いや募る寂しさを交し合い、愛情を深めていくのです。ですから、和歌が下手な人はアウトです。そして、頃合いをはかって、夜、女性の部屋に忍び込むわけです。この時代の結婚形態は「妻問い婚」とか「通い婚」とか呼ばれ、夫が妻の家に通うというものです。しかし、この場合、結婚以前と結婚以後の違いがはっきりしないような気がします。夫が通うのをやめてしまえば、即ち離婚ということになってしまうからです。
さらに遡ってプリミティブな人類社会になると、道徳心や秩序なんてものを持ち合わせていない本能むき出しの人間が多くなります。そこでは、略奪や強姦が横行する。そんな世の中で男女の結びつきを社会的に組み込み、恣意的なセックスを抑制し社会的基盤である人口を安定する必要があります。それが結婚です。フランスの文化人類学者レヴィ=ストロースは、結婚を女の交換と捉えたが、女性という「戦利品」の奪い合いを秩序化し社会を安定させる、これが結婚の意義ではないでしょうか。