10月29日付け産経MSNに
「無罪主張のわいせつ教頭に実刑判決 さいたま地裁」という記事がありました。
強制わいせつの罪に問われるも、無罪を主張していた小学校教頭に、さいたま地裁は懲役1年6月を言い渡し、被告は即控訴したというものです。
「無罪主張」と頭につけているものの、未だ有罪無罪が確定していない被告を「わいせつ教頭」呼ばわりする見出しにも違和感を感じましたが、それ以上に裁判官が弁護側主張を退ける論理として「証拠がないから犯罪証明ができないという理由にはならない」と、判決文の中で述べたということに驚きを感じました。証拠がなくても犯罪証明ができるという風に読むことができます。
疑わしきは罰せずという刑事裁判の原則はどうなったのでしょうか。
映画「それでも僕はやってない」に出てくる裁判官は、裁判官の最も重要な役割を問われ「無実の人を罰しないこと」と静かに語ります。無実であるかもしれないと一瞬でも頭をよぎったならば、その人を罰してはならない。これが大原則ではないかと思います。
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