もう10日も前のことですが、11月5日に2008年毎日新聞社入社の内定式がありました。東京・竹橋にある毎日新聞東京本社のホールに東京本社、北海道支社管内在住の内定者、約40名が集合、同期としての交流をはかり、来春からスタートする記者生活に向け新たに身を引き締める機会となりました。
内定式はまず三島常務を筆頭に、「パキスタン地震」一連の写真報道で2006年度新聞協会賞を受賞した佐藤賢二郎記者とニュース検定をプロデュースしている新規事業開発室の出川さんの講演があり、三島常務と佐藤記者の講演の間に、内定者40名ほどが一人一人自己紹介するという運びでした。15時にスタートし、終わったのが17時半前ごろ。
三島常務のナベツネ批判(ちょうど福田・小沢の2回目の会談後、小沢が代表辞任を発表していた)も面白かったですが、佐藤記者の講演に真剣に耳を傾ける内定者は私を含めて多かったのではないかと思います。
佐藤記者の講演の大きなテーマは2つあり、1つ目はパキスタンの写真を引きあいに出し、初心を忘れるなということ。二つ目は、毎日は記者個人の感性を認めてくれる新聞だ、ということです。
「災害を伝える新聞写真にはひとつのパターンが確かにあり、それを早く覚えることは必要だが、それに慣れきってしまいたくない、なんとかパターンから切り離したいという思いで撮った写真がパキスタンの写真」だったということです。慣れることに埋没せず、何もしらないことを武器に新人時代を楽しんでほしい、これが一つ目の趣旨です。続いて「『毎日人』という言い方を聞いたことがない」とおっしゃられました。つまり毎日新聞記者はかくあるべきというような束縛は緩いということです。ある一定以上の質の記事であれば、記者個人の感性を尊重し対応してくれる、そこが毎日のいいところだし、私たちには独自の視点と思想をもって取材してほしいとアドバイスをしていただきました。
出川さんのお話の中ではニュース検定を始めた経緯が少し紹介されました。私は以前のエントリーでニュース検定の陰口を書いたのですが、出川さんの講演を聞いて、少し納得がいきました。
「新聞というものを世の中を知るための教科書と位置づけ、教科書なのだから参考書も必要だし、たまにはテストもやるのがいいだろう」「また若者に社会的な関心をもってもらうための一つのきっかけ」という考えのもとニュース検定をスタートしたということです。9月にあった第一回検定では予想に反し、10代20代が大部分を占め、男女の割合もほぼ半数だったそうで、当初の目的に適う結果を出すことができ、漢字検定のような存在を目指していきたいということでした。
三島常務は、バイト先のニュースサイトの社長と大学時代の友人で、最終面接でもそのことが話題になって助けられたところがありました。また、一緒にバイトしている女の子の彼氏が同期、と世の中の狭さを感じます。
しかし、本当は「世の中」は広いのだと思います。狭いのは「世間」で新聞社という組織の人材は今も昔もある程度限定された、同質的な社会的テリトリーから供給され続けているということを端的に示しているだけと思います。そんな近親相姦的な空間の中で醸成される意識は健全ではないでしょう。こういうことも近時の「傲慢なマスコミ」観に基づくマスメディア嫌いの原因ではないかと思います。
ただ、悲しいかな、これは自分のことを棚にあげたものの言い方で、全くの自己矛盾です。東京の人が地方と都市の格差問題で格差を減らせと主張するときに、または被差別側ではない人が被差別側の立場に立って差別解消を唱えるときに陥る、何を主張しようと結局は有利な立場にいるという究極的には越えられない矛盾の谷間です。
その深い谷間を前にして、どうすべきなのでしょうか。評論家小浜逸郎さんは著書『「弱者」とはだれか』のなかでこう述べています。「いわゆる『弱者』や『被差別者』の声をそれとしてよく聞きながら、しかし、それに脅かされず、逃げずにきちんと議論していくということに尽きると言ってよい…(中略)…つまり、自分がなぜそのこと(いわゆる「弱者」と呼ばれる人を前にしたときの違和感など)を気にするのか、自分がそのことを問題にしようとする必然性はどこにあるかということを、自らの経験と感覚のなかに問い尋ねてみる」しかない、と。
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